奈須きのこ「空の境界」を文学的に読み解く卒業論文

卒論の題材に「空の境界」を選んだ理由は、単刀直入に言って、奈須きのこ氏の作品が好きだからです。

奈須きのこ氏の諸作品には、壮大な世界観とロマン溢れるストーリーがあり、とても心惹かれます。

奈須きのこ氏は「TYPE-MOON」というゲームブランドのシナリオライターとしてご活躍されていますが、小説も何作か執筆なさっています。そのうちの一作が「空の境界」となります。

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奈須きのこ「空の境界」とは

この作品は、いわばライトノベルの先駆けのような小説になります。ですが、2020年現在に流通しているライトノベルとは趣が全く異なっています。

今の時代におけるライトノベルといえば、学園モノのラブコメであったり、異世界でスリリングな冒険に挑むファンタジーであったり、と娯楽性が強い作品が多いです。

「空の境界」もファンタジー要素を含んではいますが、「ライト」と呼ぶにはあまりにも重厚な文体で綴られています。

また、殺人鬼や魔術師といった陰のあるキャラクターが多く登場します。そのため、作風はダークな雰囲気を漂わせています。

純文学と呼ばれる作品群と遜色ないテーマ

そして、何よりも作者である奈須きのこ氏が「空の境界」に込めたテーマが、純文学と呼ばれる作品群と遜色ないほど深く、普遍的なのです。

氏はこの作品を、単に非現実的な話として終わらせず、現実の読者へ強くテーマを訴えかけようとしている、と感じました。

そうした経緯から、「空の境界」にも文学的観点から批評できる要素を含んでいるのではないかと考えました。

そこで、正式に「空の境界」を卒論の題材として取り扱うことを決めました。

「ユリイカ」インタビューの奈須きのこ

卒業論文を制作するにあたって、「空の境界」に関するインタビュー記事や同時代評の資料をいくつも読みました。

そこで共通して述べられていたことは、「空の境界」のテーマは「境界の物語」という主張でした。

作者の奈須きのこ氏が、青土社より刊行された雑誌「ユリイカ」でインタビューを受けた際の記事によれば、人と人は本質的に分かり合えるものではないが、それでも手を取り合って人生を共にすることはできる、ということを氏は「空の境界」で表現したかったそうです。

「空の境界」の作中で、人と人の心の間には見えない境界が存在することが示唆されています。その境界があることで、人はすれ違ってしまい、やがて衝突してしまうというのです。

そのことを象徴するように、主人公の両儀式(りょうぎ しき)は、魔術師の荒耶宗蓮(あらや そうれん)を筆頭に、様々な敵と対峙します。どれだけ言葉を交わしても、本当に理解し合えることが叶わず、そのため両儀式は望まない戦いを強いられることになります。

この戦いの場面に重点を置けば、ファンタジー色の強いエンタメ小説として完結していたでしょう。しかし、「空の境界」はそこで留まりませんでした。

見えない境界とは

作中で見えない境界というものの存在が示されましたが、物語の中盤において、実は人と人とを隔てる境界というのは、実は人が思い込みで創り上げた空想の産物に過ぎないことが明かされます。

作中では、式の言葉を通してこのように語られています。

世界はすべて、空っぽの境界でしきられている。だから異常と正常を隔てる壁なんて社会にはない。──隔たりを作るのはあくまで私達だ。

講談社文庫版『空の境界(上)』292頁より

クライマックスに示された希望

この言葉は作品全体における重要なテーマと結びついています。それは物語のクライマックスにも関わってきます。

最後の敵を倒して、両儀式は想い人の黒桐幹也(こくとう みきや)と共に日常を生きるための一歩を踏み出すことができます。

お互いのことを心から理解し合えたわけではありませんが、それでも同じ時を過ごすことはできる。何よりも幹也と一緒に日常の世界を生きたいと願う自分がいることを、両儀式は自覚したのです。

そうした主人公の姿に、奈須きのこ氏はテーマを託しています。それは、人と人は互いに寄り添って生きていくことができるという一縷の希望に示すのです。

この希望を予見させるテーマを現実の読者が受け取って、それぞれの人生に向き合っていく。それによって、少しでも前向きに生きていける人が増えることを奈須きのこ氏は想っていたのだろう、と推察しています。

以上の流れで「空の境界」を読み解き、それを卒論としてまとめました。

この卒論で文学的な批評というものができたのかは分かりませんが、私が行った試みは、文学研究の新たな可能性を拡げることができたと自負しています。

提出後も続く卒論の改稿

卒論を提出した後、口述諮問がありました。そこで、ゼミの担当教授と文学科の教授の二名に卒論を読んでいただいた上で、質疑応答を行いました。

両教授ともに、卒論と併せて「空の境界」も読んでくださいました。

ですが、この作品は1冊400ページほどの文庫本3冊で構成されており、文量がとても多いのです。

しかもライトノベルに不慣れなことも相まって、読み切るのに大変苦労なさったそうです。

とはいえ、お二人とも、さすが文学研究のプロといった批評眼で、多くの的確なご指摘をくださいました。

そこでいただいたご指摘を踏まえて、現在、個人的に卒論を改稿しています。

私の大好きな作品を取り扱っているので、少しでもこの論文をいい形にまとめたいと考えています。

(文・杜乃日熊)