死を選ぶ人の心理とは?大学生の自殺観で卒論を書いた苦労話

現代社会における自殺志願者や自殺のニュースは無視できないところまで来ていると思います。自殺というテーマは今やネットやSNSで何気なく目にする事柄になってもいます。

また年齢層も幅広く義務教育を受けている児童ですら社会に見捨てられて誰にも相談できず、相談しても解決できず悲しいことに自殺を選んでしまうケースも最近では少なくありません。

私は卒業論文のテーマに大学生の自殺観を選びました。

心理学科を専攻し卒業論文に取り組むまで

私は大学で人間心理学科を専攻していて元々は犯罪心理学を多く学んで論文にしたいと思っていました。

しかし、該当するゼミに入れなかったので、犯罪者の心の闇へ迫れるようなゼミを探していたところ自殺を専門に扱うゼミがあったのでそちらのゼミに入りました。

死を選ぶ人の心理を研究対象とすることになるのですが、私自身、自殺に関しては肯定的でも否定的でもなく、その人がしたいようにすればいいし死にたいなら勝手に死ねばいい、くらいに考えていました。

たとえその人の自殺を引き留めたところで根本的な解決になるかは分からないし、むやみやたらに首を突っ込んだところでその人の人生に責任をとれる自信もなければ責任を負う気もなかったというのが正直なところです。

実は、私も何度かは死にたいと思ったことはあるし公に言えませんでしたが何度か自傷行為もしたことがありました。自殺するための情報取集や準備もしたことがあり、もし私以外にそういう人がいれば、親に異常者扱いされて肩身の狭い思いをしているのだろうと想像できます。私のそのときの気持ちに共感とまではいわないまでも、近い考え方の人がいればいいなぁ、という気持ちもあり論文制作に取り組みました。

大学生の自殺観について卒業論文をまとめるにあたり、欲を言えば刑務所や警察刑事の方などにアンケートを取りたかったのですがその頃は時間がかなり限られていたので対象を当時在籍している学生男女100人に絞りました。

死を選ぶ人の心理をどのように調査するか

私はまず日本人の死亡者の中でも死因が自殺によっての死亡である割合が増加傾向にあるというところに目をつけました。

どういった原因で自殺するかということも重要ですが、どういった性格や考え方を持つ人間が自殺に走る傾向があるのかという点に興味がありました。

死にたいと思う気持ちのことを「希死念慮」といいます。

希死念慮を含むような悩みを抱いたときにどういう対処をするか、またそこから実際に自殺を考えたり実行に起こしたことがあるか、についてアンケート収集とその分析を進めました。死んだ人に話しは聞けないので、自殺未遂をしたことがあったり準備が整い次第いつでも実行可能だったかどうか、などを調査しました。

質問項目には、

  • 自殺観…自殺に対してどのように思っているか
  • 人生観…自分はこれからどういう姿勢で生きていきたいか
  • 孤独感…人間同士が共感可能かどうか、人間の個別性の自覚がなされているかどうか

を取り入れました。

まず質問紙を全学年の全学部(無作為)の男女100人(対称)に回答してもらいます。

回答の結果をもとに、そこから何か悩みが出来たらすぐに人に相談することが出来るか、自殺は肯定か否定か、じゃあこういう意見になった人は普段どういう考え方で生きていて、どういう生活を送って、どういう人間関係を普段築いているか、という分析をします。

さらに、男女別に分けて希死念慮や孤独感に対する行動や傾向、全項目の相関関係を調べました。

卒論の苦労…「大学生の自殺観」は回答を集めにくい

他のゼミと比べてその年の卒業生が私を含めて二人しかいなかったので生徒に配布するアンケート素材を集めるのが本当に大変でした。

複数人いれば使う素材も豊富になるのでシェアしたり印刷する手間も省けたのですが、それもできないので論文を書く前の段階でかなり時間がかかってしまいました。

テーマが大学生の自殺観ということもあり、内容があまりにもマイナスなものなのでほかの生徒に質問紙の協力をお願いすると、だいたいの人が「うわぁ重い…」と嫌そうな顔をしてくるので私も本当に配布しながら申し訳なさと億劫さを感じていました。

そして仲良しの友達もゼミはバラバラになってしまったので気軽に相談もできず愚痴をこぼす時間や余裕もなく自殺系の論文を書きながら研究室で、

「もう許されたい、死にたい…」

という自虐に走り、寒い中外の喫煙所でよくうなだれてました。

卒論の提出と評価

論文の提出日当日はあまりにも生徒が多くて提出場所が混雑するので期日の一週間前には提出していました。

提出日には特に大学に用もないのに出かけていき、提出場所から外へ伸びる行列を別の研究棟から友達と一緒に煎餅を貪りながら、

「多分あの人以降に並んでるやつら時間的に間に合わないよね」

と言って高みの見物をしていました。

後日心理学科の先生から「ゼミの生徒も少ないし誰も協力してくれないような環境の割には本当に優秀な論文が書けたね!」とほめてもらい、卒論の成績もとても満足のいく評価で嬉しかったです。

ただその1カ月後、無遅刻無欠課無欠席だった必修科目の学期末テストの点数がシンプルに悪くて普通に留年して一年遅れで卒業することになったのはまた別の話です。

大学生活について考えさせられた卒論

この論文に関しては完全にアンケートの素材をかき集めるので時間を取ってしまったのもあったり、データ算出の手間を考えて年齢や場所も制限していたので個人的に物足りない情報量でした。

良い成績はとれたものの、自分としてはやっと及第点の物を書いたような感じなので全体的にあまり満足は出来ませんでした。

ツイッターなどのSNSを駆使していればもっと情報を集められたかもしれないけど、当時そこまでツイッターも普及していなかったので完全にアナログで地道に攻めることを強いられて不完全燃焼ではあります。

本来は犯罪心理学を重点的にやりたかったので、もっと他の授業で成績を伸ばしてせめて社会心理学の分野のゼミに入れば完全に自分の好きなことを研究し、卒業論文も書けたのかな…と、それまでの大学生活に対する後悔が強いです。

私の卒論は研究室に保管され、後輩の生徒のためのサンプルとして晒されていたのですが、忘れたころに手元へ配送されてきたので見返すたび、その頃のことを思い出します。

(文・ルシエル)